昭和42年01月26日 朝の御理解
小倉の桂先生のおつれ合いでありますところの奥様が、お若い時には病み袋といわれなさるほどに沢山の色々な病気を持っておられた。勿論、お仕事段じゃございませんから、まぁだ若いながらも、一生懸命、沙美というところがございます。山ひとつ向こうの漁師村だそうです。沙美から、山越えで大谷へ、毎日毎日お日参りをされた。けれども一向はかばかしくおかげを頂かれなさらない。である時、お名前をミツとこう仰る。
おみつさんとこう四神様がお呼び掛けになっとられますね。教祖の神様のご晩年の頃から、二代金光様のご信心を頂いとられます。勿論四神様のご時代ですね。教祖の神様が隠れになりましてから四神様のご時代になられたある日、もう毎日毎日お参りをなさって、いっこうその体の方がはかばかしくない。そこである日その四神様に四神様こうして毎日お参りをさして頂いとりますけれども、ここにそのおかげをよう頂きません。
それこそ、芹の根を水で洗うた様にすっきりとさっぱりとおかげを頂きたいものでございますが、どういう信心をさせて頂いたらよろしゅうございましょうかと言うて、お伺いなされた。芹の根を洗うと、本当にあの、真っ白すっきりさっぱりするもんですね。その様にその、さっぱりしたいとこう言われたと。四神様がそうじゃなぁ、お参り信心、おかげ信心ではいけん、まぁいっぱし、そうじゃございません。
おかげ信心、ご利益信心、それから拝み信心というて色々あるがなぁ、まぁいっぱし参る事じゃなぁと仰ったそうです。ここでは良く、参ってくるばっかり参ってきたっちゃ、なになるかと。ちゃんと教えを頂いたらその教えを身を持って行じさしてもらうおかげが頂かなければと。その先には、それこそにもなりましょうけれども、いっぱしお参りをさせて頂いておればです。何時かは分からして頂く事がある。
何時かはそこに気付かせて頂く事がある。只、家で拝んでさえおればと、只、ご利益だけが目当である。そういっぱし参る事がでける。もう暇さえあればお参りしとる。それにはどうしても、ほんなら私共がですね、又なるほど難しく申しますとです、教祖の神様が教えて下さる、障子一重がままならぬ人の身であるという事。障子一重がままならぬ人の身であるという。
もうとにかく神様のおかげを頂かなければ立ちゆかんのだからという思い込みが出来るところ迄おかげ頂かにゃいけんですね。それにはやはりです、自分がやはり逆境に立ってみなければいけません。立ってみなければいけんというと如何にもこう難儀を待つ様ですけどもです。やはり自分の意の通りにならん思う様にならん。それこさっぱりとおかげを頂きたいんだけれども、さっばりとしたおかげを頂けん。
そういうその人間の逆境の時に、愈々ひとつ自分というものを、ぎりぎり分からして貰って、おかげを頂かねばならんと思うですね。あのそりゃ実際にそんなものは居ないでしょうけれども、動物と言う訳にも行きませんですねカッパと言うのですね。まぁ非常にこの辺ではカッパが有名ですよね。カッパ饅頭まであるくらいですから。あのカッパという動物と言うと何でしょうが、と言うのは水を離れたら全然力がないそうですね。
ところが片足でも水に浸かっておったら千人力と言われとります。片足でもその水につかっておったら千人力、水から離れたらもういよいよ無力だと、力がなくなるという訳なんですね。霊力をなくする訳です。それとは少し意味が違いますけれども、イソップ物語に虎の衣を借りた狐というのがございますですね。不思議にですね、私共が信心を頂かして貰うて、段々おかげを頂きます。
信心がなくても順調な時にはですね、まぁ神も仏もいらんのですけれども。いらん様に思うのですけれども。信心を頂かしてもらって、本当に順調におかげを頂いとる時にはです。ほらもういうなら、こうすりゃ絶対おかげを頂くと。良くその私共の事でもありますけども、信徒会なんかに参りますと、やっぱり一生懸命教会で御用がでけたり、総代幹部と言われる様になりますとですね、やはりおかげを受けよんなさいます。
そのえらいその例えば信徒会なら信徒会ででもその、おかげ話をして、そげなことじゃあんた達はおかげ頂かれん。こういう信心をしなければおかげ頂かれんと、例えばそれこそ断言的な言葉を使ってお話でも出来る時には有難いのですけれども。ひとたびその人がです、今度は逆境に立ちますと、ありゃこの頃信徒会にえらい見えんですが、あの人はどうしござるですか。
この頃教会にもお参りさっしゃらんですよと、いう様な人が多いのに驚く位です。これなんかは私は、虎の衣を借りた狐の様なもんだと思うですね。親先生のお徳で、金光様のお徳でおかげを受ける。おかげを受けておる時には、それこそ親先生も金光大神もない。自分がこげな信心するけんこげなおかげ頂く様な表現をする。私は、こげな信心しよるけんこげなおかげ頂く。
けれども一度それが反対になって参りますとです、いわゆる自信を消失してしまう訳なんですね。自信喪失です。そしてその人の前でもう話もでけん、私は本当に逆境にたっておる時です、本当に人の前で信心とは、かく有難いと言えれる様な信心にならなきゃだめだと思う。これは私、自分の事を何時も申しますけれどもです、もう、私共が一番、本当に信心すりゃどうしたあんなに貧乏せんならんだろうかという時代にです。私は本当言うたら、一番有難かった様な感じがいたします。
何故ってその頃は、暑いも寒さも感じん程に有難かったですもん間違いなく。久保山先生なんかは私の話を、ついてまわられてから、本当に大坪さんそげん有難かつですか、ていうてから不思議に思いよんなさる位であったんです。ですからもう本当に、昨夜も婦人部会で始めて私最近始めて、中に加わらせて頂いたんですけども。成程椛目のやはり中堅、中心をなしておられる婦人の方達ばかりですから。
いろいろ出よりました。それに本当に分かっておる様であるけれどもです、そこんとこは充分に分かっとる様であるけれども、いよいよ自分が、難儀なところに直面するとです、なかなかそれが出けないと。結局分かっておるけれども、いわゆる応用問題になると、ぱったり出来ないという意味の事いうておられる方がございました。ですから私は、あの、本当にあの、形の上にはおかげは借り物の様な。
全然頂いていない、むしろ信心すりゃどうしてあんなに貧乏せんならんだろうかと言われるような、私は時代にです。いよいよ信心の有難さが分かってくる信心を頂いておかなければいけない。何時迄たちゃおかげ頂くじゃろか、もうおかげ頂きゃきらんと言うのでなくてですね、どういうところに私は、あの時分にあーいうひとつの勢いというものが出ただろうかとこう思います。
暑さ寒さも感じん程のものが出ただろかと、こう思うんですけどもね。結局はいよいよ吾無力を悟ったからじゃなかろかと思います。商売にならまぁ自他共に許す程のある意味で自信をもっておった。それこそ商売の事だけなら、長年やっぱりこんな小さい時代から鍛うてきとるつもりですから、出来るつもりでおった。ところがです段々商売の方にも行き詰まって参りまして。
最後の頃はもう商売も差し止め頂いてから、商品すらなくなってしまって、僅かばっかり残っておる品物を売りに歩かなければならんという様な状態の時。福博の町をもうその頃は自転車もなかったもう靴はこう破れとった。もう破れカバンを下げてあっちこっちもう商売の合間には、お話に参ったりお導きに参ったりしておる時代であった。もうそれこそ寒い、あれは十二月の七日が星野の教会の御大祭でございましたから。
その星野の教会の御大祭は大変な雪の日でしたが、その日帰らして頂いてでしたから十二月の事でした。福岡に帰りましたら福岡もやっぱり雪でした。それでもまぁ差し迫った、とにかくお金が要るもんですから、タオルが二ダースくらいあった残っておった。まだタオルはあの時分は闇製品に言うとった時分でした。それを風呂敷に包んで小脇に抱えて、それこそ西から東という風に福博の町を歩かして頂くんですけども。
どうしても売れん。もう九分九厘、もらいましょうかというところに、なっとってから売れん。やっぱこの次にしましょう、という様な事で、終日廻ってから売れん。そういう様な事が、幾日も続いて参りましたらです。ははぁ自分の商売、自分は商売だけならとこう思うとったけども、あれとても、神様のおかげを頂いておって、出来よったんだなぁという事でした。
例えば原さんなら原さんという方がです、洋服を縫おうという事には自信を持っておる。自分で裁ちもきりゃ自分で縫う事もでける。自分で出来るという間はまぁだほんなもんじゃないです。神様のおかげを頂かなければ出来んのだと愈々自分が無力である事が分からせて頂いたらです。もうそれこそ原さんであるならば針ひとつ持たせて頂くでも縋らなければ願わなければおられないという事になってくるのじゃないでしょうか 。
いわゆるもう普通でいうならば、自分な何にもでけんで商売だけはと思うとったけれども、その商売すらも出来ない事になったから自信喪失。もういうなら、本当に自殺でもしかねない様な結果になっておったかも知れません。ところが私の心の中にはもそれとは反対にです、もうそれこそ、もりもりする元気な心が湧いてきた事だけは事実でした。もうとにかくそうした修行さして頂くという事が有難かった。
それはどういう事かというと、結局は私が無力であると、いう事を悟ったからだと私は思うのです。これは神様のおかげを頂かなければ、出来る事じゃないんだと。皆さんこれだけはまだ自分が出来るという間は、本当のまその間はですそういう時代はです、何か不幸な事逆境に立ったらですね、必ず信心が緩くなりますでしょうね。もういよいよ神様のおかげを頂かなければ、出来る事じゃないのだからという私は。
ところが真実分からせて頂いたらですね、そこからやはり縋らなければおられない、そこからほんならお参りしなければならない事になってくるのじゃないでしょうか。いっぱし、お参りするが事じゃなぁとこう四神様が仰ったという、そこになってくるのじゃなかろうかとこう思うのです。私共がおかげを頂いておる、おかげ頂くがと、というてその、自分がおかげを頂いておる時には、それが云えれるんですけども。
自分がそうして反対の時になったら、それが云えないというような信心ではつまらん。時は、ほんなら、時程に、本当にそげん有難かつですかとこう言われる位に、自分の心の中には燃える様な有難さが頂ける様な信心。それが基礎、それが基盤となってからの私はおかげであり、信心でなからなければ本当な事じゃないとこう思うのです。そこからいかなければ実際は応用問題は解けんのじゃなかろうかとこう。
私共が、いわゆるおかげの水に片足でも入っておる時には、それこそ千人力のこたる事言いよる。又、家の親先生は、偉い先生だからというて、まるっきり自分が親先生、そんなものがありますんですよ。親先生が亡くなられたら、ぴたっとその、それぞれ元気がなくなってしまう。自分に信心がないからです。いわゆる寅の衣を借っておる狐だからです。おかげ頂くが、というても。
いうなら大徳の先生の様な事をま言えれる人でもです、愈々親先生を亡くしたら、もういわば無力状態である。どうでもひとつおかげを頂きましてですね、どういう逆境に立ちましても、かえって信心の炎というものは燃え盛っていく様な私はおかげ。それこそ暑さも寒さも感じん位の私はおかげをですね、いやそういう風にしてお参りさして頂いとらなければおられない様なです、信心を身につけたいもんだという風に思います。
師匠抜きにしては、そこは頂かれんと思います。自分はちゃっと神様の事は忘れん拝むとも拝みよる、というだけでです、もしそれだけで逆境に立たされたら、もうそれは本当に弱いものです、その信心は。どうぞひとついっぱしお参りさしてもらえる信心。いよいよ逆境に立てば逆境に立った程です、勢いの出る信心、そういう信心を私は教祖の神様は私共に教えておる、いや、身をもって教えて下さっておるという風に思うですね。 どうぞ。